大変な吹雪から一夜明け…今朝は除雪作業フル回転でした。
1月3日といい、2月3日といい…3の付く日だなぁと、
昨日お参りのT谷さんが言ってました。

「巳(み)歳」ゆえに、「3」がつく日にくれぐれもご注意ということかな?
すると3月3日は「うわばみ」になってしまう…と変なこと考えてました。

その節分の日、当寺の法会前に
士別の不動院さんまでお手伝いに往復してきましたが、
よく事故に遭わず帰って来られたといって程のR40号線は荒れてひどかったです。

自坊に帰り着き、お寺のお参りは少ないかなぁと思いきや、
70名程が参詣してくれていました。
日曜日とあって、子ども達の姿もちらほらと…。

このような中、本尊お大師さまの前に、大勢のご参詣ありましたころ、
にぎやかになり、お寺として本当に嬉しく存じます。
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さて住職の法話では、「献灯籠」についてのお願いと「お照の一灯」のお話でした。
皆さん熱心に聞いておられました。
本山ご開創1200年記念の献灯のための意義を説明いたしました。
「お照の一灯」のお話とは、あらすじを述べますと
昔、高野の麓の天野の里に、お照という優しく大変気立ての良い娘がいました。
赤ん坊であったころ、みなしごでありましたが、ある優しい夫婦に引き取られます。
13歳まで貧しくても温かな家庭で育てられましたが、相次いで両親を亡くします。
大切に育ててもらった父母の為に娘のできる供養を考えている中、
高野山では万灯会の大会が行われることを知ります。
一大決心をして、長く艶やかな髪をばっさりと切り、
そのお代で、格子のついた灯ろうを作ります。
愛情を注いで育てて頂いた両親への供養の為、
高野山のお大師さまに献灯を施すのです。
ところが、長者の万灯と貧女の一灯といわれるほどの小さな灯ろうを小馬鹿にされることもあった。
しかし、祈親上人から真心こめた灯ろうに上下はなく、平等であると諭される。
その時、雷鳴とどろき一陣の風は参道を吹き抜け、ご廟にとどくと、
瞬く間に万灯は吹き消され、漆黒の闇とる。
ところがよくよく見上げると、お照の灯ろうのみが、
消えずに益々輝きを増していたのであります。
云々

ということで、またの機会に住職の献灯話があります。




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