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節分が過ぎて、一区切りついたところで、
いよいよ楽しみにしていた本を買いにいきました。
旭川まで行かなければならないので、ようやく時間が作れたわけですが、
目的の書名は
『南方熊楠大事典』松居竜五・田村義也編(勉誠出版)。
さすが大事典です。
思想や生涯についてはもちろん、人名録や著作の紹介もあり、専門38名の学者が
執筆者として紹介され、高野山大学関係からは
大ファンの教授奥山先生をはじめ、神田さんも名を連ねています。
実は、奥山先生のブログで知ったので早く手に入れたいなぁと思っていました。

南方熊楠(みなかた くまぐす)は明治初期から戦前にかけ、
生物学者、民族学者などなど多方面にわたって精力的に独自の研究をし活躍をされた方です。
経歴で驚く一つに、
明治の大変な時期、アメリカやキューバ、イギリスロンドンに渡って研究をします。
同じような時代に河口慧海というチベットに渡ったお坊さんいますが、
共通することは自分の足で歩いて、眼で確かめ、人と出会い、
法を求め、真理を得るために、貪欲なまでの探求心で東奔西走されたことは、
ほんとうに驚くばかりです。

もう一つは、生物の研究を通して
2500年前からの仏教の真理-因果というものを抜きには、
現実世界を語れないのだと確信していきます。

明治維新から日本は列強の国々の姿を無理矢理に真似をして型はをはめてきたといっていいかもしれません。
そうすると自然な流れで西洋思想や研究方法が優位になり、
時にはひいきにして、いままでの東洋思想がおざなりにされていったことでしょう。
自他ともにそのような流れを感じます。
それでも熊楠や慧海という明治の傑出した研究者たちは
大乗仏教の思想もって戦略的に
西洋・キリスト教の世界観に対抗しいったとみます。

結論、
昭和の大戦後も思想の侵略はいっそう行われ、その弊害にあえいでいる日本ながら、
南方熊楠という偉大な研究者の足跡や思想をもっと教育に生かすべきと考えます。
そうしなければ、いつまでたっても自然と人間とが分けられています。
いつのまにやらキリスト教世界観を教育で認めてしまっている気がします。

自然の生命の中に人間がある。身土不二。
日本古来から血肉となって生きてきた宗教観や仏教の因果により、
ある程度の説明はつく気がします。
参考までにダライ・ラマ法王はご著本で「仏教科学」と説いていらっしゃいます。

南方熊楠を知ることで仏教の役割の重要性を考えさせられる本の一つです。
少しずつ読みすすめていこうと思います。








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